9.不適切な歯科補綴物ができる理由

歯科医師が不適切な補綴物を適切と判断する根拠は何か

次のような歯科医師のコラムを目にしました。
「入れ歯安定剤がよく売れているが、それは本当に必要なものなのか。
入れ歯は、歯科医が精密に顎の型を取り、それにピッタリ合った入れ歯を作ったものなので、当然口の中にもピタリと合うはずである。
手間隙かけて作った入れ歯が合わずに、安定剤のお世話になるのは解せない。
ガタガタする入れ歯を我慢したり、安定剤でごまかして使い続けると、顎の骨が変形したり、噛み合わせが狂ったり、次第に顎の骨がなくなったりして、技術を尽くしても快適に噛める入れ歯が作れなくなるかもしれない。」

このように医師は、入れ歯やブリッジ等作製した補綴物に絶対の自信を持っています。

患者が訴える違和感や苦痛に対して医師は調整を繰り返しますが、それでも患者は咀嚼に苦労し、苦痛に悩み、入れ歯安定剤で口の中の状態に少しでも合うように工夫してもなお安定しない補綴物に我慢しているのが実情だと思います。

このように相対する当事者の認識の相違は、どこに原因があるのでしょうか。

不適切な補綴物の原因は、歯型を取るときの口の状態にあり

不適切な補綴物が作製されるのはなぜだと思いますか。理由は明快です。

口は開閉します。すなわち、口腔は伸びたり縮んだりしますが、日常生活において口を大きく開けるのはあくびをする時ぐらいで、その時でも口は縦方向に広がり、横方向はあまり広がりません。

通常は口を閉じている時間が長く、会話や食事で開くときも上顎骨の突起部分より先に下顎頭が移動するほど大きく開口することは少ないでしょう。

歯型を取るときはどうですか。

最大開口量まで口を開けさせられます。そればかりではなく医師は頬や唇を口内から外に向かって押したり引っ張たりして、粘土状の材質を入れたトレーを口の中に押し込みます。
このような開口状態を保持し続けることはもちろんのこと、一瞬たりともすることは日常生活においてほとんどありません。

このようにして作製された歯型を基にして作られた補綴物が口内に合わないのは当然です。
補綴物を装着すると口蓋も顎も唇も筋肉も口腔周辺の全てが歯型を取ったときの状態、すなわち口を大きく開けた状態にしなければ補綴物としっくり合いません。

患者は歯型を取られる時、苦痛な状態を我慢してトレーが外されるのを待ちます。
トレーが外されたとき、患者は苦痛から開放されてホッとすると思います。
このようにして作製された補綴物を装着して口を閉じたり、咀嚼しようとすると顎関節や口蓋、顎口腔周辺の筋肉は四方八方へと引き伸ばされ歪みが広がっていき、上記で医師が述べているように顎の骨が変形したり、次第に顎の骨がなくなったりして取り返しのつかない体になっていきます。

作製された補綴物を医師が繰り返し調整しても安定することは絶対ないということを、皆さんは納得できたと思います。

不適切な補綴物を装着した状態の歯並びはどうなるか

テレビに映る人々の中にブリッジ等の補綴物を装着した人を見ることがあります。

前歯部をブリッジにした場合の主な特徴は二つ。

一つは、前歯部の幅が天然歯のときより広くなっていること。
もう一つは、左右の小臼歯にピタリと繋がらずに少し小臼歯にかぶさっていること。
これらの原因は、歯型を取ったときの状態、すなわち、顎堤も伸ばされた状態になりその形で補綴物が作製されたからです。

大臼歯部をブリッジにした場合はどうでしょうか。

顔が少し歪んでいるけれど前歯部等見える部分は天然歯できれいな歯並びの人が、少し大きく開口したとき、大臼歯部分が見えることがあります。
形状から補綴物であることが明らかな場合、大臼歯部が小臼歯部からの自然なカーブに反して大きく頬側に飛び出しています。
歯型を取る時全歯が少し外側に傾きますが、傾いた対向歯に咬合するように補綴物が作製されるからです。

大学病院の口腔外科での出来事

私が待合室にいた時のこと、車椅子を押した人が私の隣に座り、車椅子に座っている年配の女性に向かって、「何度も顎を外しているんだから、食事をするときは気をつけて噛むように」と話していました。女性はうなだれていました。

私が診察室に呼ばれ問診を受け始めてすぐに准教授が、「急患が入ったので少し待つように」と言って、斜め前の患者のところに行きました。患者は先程の車椅子の女性でした。
受診目的はわかっていましたので失礼と思いましたが、様子を見ることにしました。

私は医師が手にした入れ歯を見て驚きました。あまりにも大きな入れ歯だったのです。
医師は患者の顔に手を当てて力いっぱい押したりしていました。この先は恐怖で見ていることができませんでした。

女性が待合室でうなだれていた気持ち、それは満足な咀嚼ができず、顎が外れると医師に顔を強く押さえつけられるなどの苦痛ではないかと思いました。

不適切な補綴物で多くの患者は苦しんでいますが、その原因は医師に不適切な補綴物が作製される原因を究明するという姿勢の欠如にあります。

入れ歯を装着したことによって顎が外れやすいようになったのであるなら、まず第一に医師がしなければならないことは、顎が外れることのなかった従前の入れ歯と現在の入れ歯の相違点を分析考察することです。
顎堤周りが広がっていないか、口蓋の幅が広がっていないか、それらの変化が患者の体にどのような異変を生じさせたのか、顎口腔周辺の変化や異常を入れ歯を作製した補綴科医が全く分析考察しないことが第一の問題点です。

不適切な入れ歯によって顎が外れるようになった患者に対して、口腔外科医が入れ歯の不適切さや下顎位の偏位の方向等に全く考えが及ばずに、力ずくで下顎頭を上顎骨の関節内に入れ込もうとする危険極まりない医療行為が第二の問題点です。

私が恐怖で途中から見ていることができなくなったのは、左右の下顎頭が複雑に偏位することが予測され、顔面の骨が弱くなっていたら大変な事態になると思ったからです。

不適切な補綴物を患者に押し付ける現状の歯科医療

落語家の亡き五代目三遊亭円楽さんは、生前次のように話されていました。
「十数個の入れ歯を作ったが全て合わなかった。」

ラジオでの歯科医療相談では、高額の自費診療で入れ歯を作り替えたところ味が悪くガムを噛んでいるような感じで困っているという相談に対し、某歯科大学の准教授は、作り替えて日もあまり経っていないようなので、費用は当初ほどかからないと思うから再度作り替えてもらうか、または現在の入れ歯の材質に慣れるまでしばらく様子をみるようにと回答していました。

このように不適切な補綴物に対して医師は原因を究明しようとせず、また、再作製する場合に費用負担を患者に要求するため、患者は我慢しているのが現状です。
個々の患者がいくら不適切な補綴物に対しての不満を口にしても、相対する当事者間の争いは常に患者に不利で、歯科医療界全体が同じようなトラブルをかかえていても原因を究明する姿勢がないことと相まって、不適切な補綴物による被害者は増加するばかりです。