1.医原病解明の必要性

顎関節症の発症原因は歯科医師による医療過誤が原因なので、顎関節症は医原病です。
顎関節が偏位するとそこを起点として四方八方へとなだれ込むようにして全身の細胞のメカニズムを乱していきます。顎関節症は万病のもとです。
自然科学の論理なき医療行為は新たな病気の発症を招き、病因の解明をしないままに病巣を治療する行為は種々の新たな医原病の発症につながり患者を苦しめていきます。

2.三権の法解釈の誤りによる違法行為を国民が指摘する必要性

実親子関係に重大な影響を及ぼす出生届出や衆議院解散等、三権(国の統治権の立法権、司法権および行政権)の誤った判断や恣意的な法解釈による違法行為は、法治国家を否定する行為です。
国民は憲法や法律の規定、法令用語の常識を根拠にその誤りを指摘して、国民の力で法治国家を守り秩序ある社会にしていきましょう。

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9.過誤を正当行為と認定した歯科医療裁判を検証する

補綴物の調整にあたり、対合の自然歯を削った事件の概要

判例タイムズ616号132頁及び医療過誤判例百選(別冊ジュリスト№102)に「対合歯削合処置事件」の判例が掲載されています。大阪地裁は原告の請求を棄却しました。患者の敗訴です。
この判例から歯科医療過誤と裁判の問題点を検証してみましょう。
この裁判は、裁判長裁判官 和田功、裁判官 辻川昭、裁判官 中里智美です。

事件の概略は次の通りです

  1. 過去に他院で治療を受けた左上中切歯のさし歯の具合が悪くなったので受診し、以前のさし歯を土台にして新たに歯冠を作製、装着する治療を受けることになった。
  2. 作製した歯冠が咬合緊密だったのでその裏側を削ったが、患者の違和感が解消しなかったため医師は自然歯である対合歯を削った。
  3. 患者はさらに自然歯が削られるのを嫌い、他の歯科医院や大阪大学歯学部附属病院へ転医を重ねたが、よくならなかった。

患者が裁判で主張した医師の責任

医師に不法行為責任ないし債務不履行責任があったとして、患者は次の主張をした。

  1. 医学上公認されていない対合歯削合を行った。
  2. 歯冠を装着した際、咬合緊密であったのは、医師が行った印象・補綴が不適正だったからである。冠を削る、あるいは作り直すことによって咬合調整をすべきなのに、対合歯削合を行った。
  3. 医師は患者の承諾を得ずに対合歯削合を行った。

カルテ記載と異なる供述をした医師を信用した裁判官

裁判官が事実として認定した内容
8/1 初診。さし歯の裏側の根の部分が虫歯になっていたのでその部分を削った。(ただし、カルテへの記載を脱漏した。)
さらに、リーマーで根管を形成し、根管の先が炎症を起こしていたので、ガッターパーチャポイントを加圧して根管に入れ根管の中を緊密に充填した。
8/7 歯冠形成(歯茎の調整)、
歯肉形成(歯型を確実にとるため歯茎の表面を形成すること)、
圧排(きれいに歯型をとるため歯茎を糸で押し上げること。(カルテには、保険請求の関係で8月23日の欄に記載した。)
印象(歯型をとること)
咬合調整をして、仮歯を入れた。(仮歯を入れたことは、保険請求の関係でカルテには、8月11日の欄に記載した。)
咬合調整の際、医師は患者に、上下の左中切歯の噛み合せがきつい(以下、咬合緊密という)旨告げた。
8/11 7日に入れた仮歯がとれたので入れなおしてもらった。
8/23 仮歯を抜いてジャケットクラウンを装着してカーボン紙をかませて咬合状態を調べ、患者に咬合の具合を聞きながら、2、3回ジャケットクラウンを抜いて、その当たる裏側を削った。しかし、なお、患者は当たると言った。
医師は、これ以上ジャケットクラウンを削ると破損するか、破損しないとしても維持安定を損なうおそれが多く、作り直してもいま以上のものを作製するのは難しい、不具合の調整は対合の下左中切歯削合によるほかないと考えた。
対合歯削合について患者から承諾があったものと考えてエナメル質を一番深いところで約0.4ミリ削った。
このような削合をしても自然歯は刺激が与えられると、生体防御反応により第二エナメル質が形成され、ほぼ自然歯と同程度の機能をもつに至るとの認識をもっていたので、不具合部分はなお調整可能と考えていた。
ところが医師が他の患者を診察している間に次回の診療日を9月13日と予約して帰宅してしまった。
患者は不具合調整のためにそれ以上自然歯を削合されるのを嫌ったからであった。
9/13 左中切歯以外の歯について治療を受けたが、患者は咬合の不具合等について全く触れなかった。

裁判官は以上のように、カルテ記載と異なる医師の供述を事実として認定し、判決文には次のような記載がされました。
以上の事実が認められ、これに反する患者の供述部分は信用できず、他に上記認定を左右するに足る証拠はない。

検証1:カルテ記載と当事者の供述の認定について裁判官の違法性

判決理由から裁判官の判断の誤りを指摘することは、その後の類似する医療過誤の多発防止にもなります。
第三者は、判決理由の問題箇所を論理的に説明して違法性を指摘することが重要です。
どこが問題なのか、それを検証していきましょう。

  1. 圧排(きれいに歯型をとるため歯茎を糸で押し上げること。)は、カルテに8月23日の欄に記載されていました。
    医師は保険請求の関係で23日の欄に記載したが、8月7日に行った処置であると供述し、裁判官は供述の方を事実と認定しました。
    この認定は正しくありません。

    8月7日に歯型を取るために歯肉形成(歯型を確実にとるため歯茎の表面を形成すること)をしています。歯茎の処置はこれで充分なはずです。
    なぜ医師は、カルテ記載と異なる供述をしたのか。その理由は誰でもすぐにわかると思います。

    8月23日にジャケットクラウンを抜いて、その当たる裏側を削っています。
    このようなことをするとさし歯とジャケットクラウンとの間に問題が生じます。
    ジャケットクラウンの先端は歯茎に突き刺さるか、あるいは当初より歯茎に深く入り込ませなければなりません。それ故に医師は歯茎を糸で押し上げて歯茎の下にジャケットクラウンの先端が入るようにしたと考えられます。
    歯茎を糸で押し上げるという方法が、通常広く行われているかどうかわかりませんが、少なくとも第三者は、治療とは思えない歯茎を糸で押し上げるような手荒なことをすると、歯茎は強く刺激され、逆に変形や炎症を起こすのではないかと考えます。
    歯型をとるとき、歯と歯茎の位置関係は重要で、それは自然な状態でなければならないはずです。圧排の糸を外すと歯茎の形状は変化します。従って圧排して印象をとると、歯型はさらに口内に合わないものが出来上がることになります。
    圧排は、医師の供述よりもカルテ記載の8月23日が真実だと思います。
  2. 仮歯を装着した日は、カルテに8月11日に記載されていますが、これは保険請求の関係で記載したものであって、実際は7日に入れたと医師は供述しています。しかも当日に咬合調整を行い、咬合緊密であることを医師が患者に告げたと裁判官は認定しました。
    この認定も正しくありません。

    問題点は、印象をとって、仮歯をすぐに作製、装着、咬合調整を行い、そのときに医師が咬合緊密であることを患者に告げたとしていますが、歯型が出来上がっていない段階でこのような一連の流れの処置は可能なのでしょうか。
    仮に可能とした場合、その場で咬合緊密を医師が確認しているのですから、その原因を分析考察しないでジャケットクラウンを作製した医師に重過失があると判断するのが妥当です。
    仮歯はカルテ記載の通り、8月11日に装着したと思います。
  3. 対合歯のエナメル質を一番深いところで約0.4ミリ削り、さらに削合しても自然歯は刺激が与えられると、生体防御反応により第二エナメル質が形成され、ほぼ自然歯と同程度の機能をもつに至るとの認識をもっていたので、不具合部分はなお調整可能と考えていたという医師の供述を裁判官は認定しました。
    裁判官のこの判断は正しいといえるでしょうか。

    約0.4ミリという微小な数値は、何を根拠にして認定できたのでしょうか。医師の供述だけであるなら信用性は疑問です。
    この数値を基にしてさらに削合が可能と判断した医師の供述は、第二エナメル質(ジュリストに解説を掲載している教授によると、第二エナメル質は誤りで歯髄腔内に第二象牙質といわれる硬組織が形成される)が形成されると言っていますが、長い人生の間の磨耗を考慮するとミクロン単位といえども器械で削った硬いエナメル質の損失は自然磨耗の長期間に相当するはずです。
    自然歯の削合による損失は重視されるべき問題点であり、患者が蒙った損失は計り知れないほど多大です。
  4. 患者は自然歯の更なる削合を嫌い、医師が他の患者を診察している間に次回の診療日を9月13日と予約して帰宅してしまったという医師の供述を裁判官は事実と認定しました。
    この認定も正しくありません。

    なぜなら、治療の内容から次回予約日を判断して決めることができるのは、医師だけです。医療補助者や受付係の人は、次回どのような治療を要するか、期間をどのくらいとればよいかの判断はできないはずです。
    治療途中で医師が他の患者を診察している間に、予約日が決定されたとする医師の供述は信用できないと思います。
  5. 原告は健全な左下中切歯・側切歯を削られたと主張していますが、9月13日の治療内容が左中切歯以外の歯について治療を受けたという曖昧な記載になっていますが、どの歯にどのような治療を行ったかを明示して認定しないのはなぜでしょう。
    ジャケットクラウンとの関係であれば、明示が不可欠です。
    (Wikipediaによると、上顎中切歯の対合歯は、下顎中切歯と下顎側切歯である。)

  6. 「療養の給付及び公費負担医療に関する費用の請求に関する省令」第7条に、「診療報酬請求書は、各月分について翌月10日までに提出しなければならない」と規定されています。
    診療報酬請求書に添付する診療報酬明細書の記載事項は、診療日については「診療年月、診療実日数」なので、診療日の記載は不要になっています。
    従って、保険請求の関係でカルテ記載と実際の診療日は異なるという供述をした医師を、裁判官はますます信用できないという心証になってしかるべきです。
  7. 歯科医師法第23条に「診療をしたときは、遅滞なく診療に関する事項を診療録に記載しなければならない。」
    歯科医師法施行規則第22条に、治療方法(処方及び処置)や診療年月日等診療録の記載事項が規定されています。
    歯科医師法第31条には、歯科医師法第23条の規定に違反したもの、罰金に処すると規定されています。
    事実に反する治療内容をカルテに記載することは、法令で禁止されています。
    司法に携わる裁判官や医師の訴訟代理人が、裁判上で公然と法令を無視して訴訟行為を行っている実態を示す例といえましょう。
  8. このように医師は供述で処置日を変え、裁判官は事実が医師の供述通りであると認定し、「これに反する患者の供述部分は信用できず、他に上記認定を左右するに足る証拠はない。」として、患者の供述を一蹴しました。
    治療回数が5回と少なく、漫然と治療を受けていた様子でないことがうかがえるので患者の供述はほぼ真実に合致していたと思います。
    医師の供述は法令違反に該当し、それが一連の治療内容と整合性がないにもかかわらず、裁判官は医師の供述を信用してカルテ記載の変更を認め、逆に患者の供述は信用できないと強い語調で患者を非難したうえに、裁判官が認定した事実を左右するに足る証拠はないとしました。
    このように裁判上で事実は公然と歪められました。

    患者が証明できる証拠は、カルテ等医療上の現物証拠と供述、体の構造やメカニズムに基づいた論理だけです。これら全ての中から被告医師に有利になるように証拠採用されたら、患者から認定事実の不実を証明できるものは何一つありません。
    患者は、判決理由を読んで唖然としたのではないかと思います。

対合歯削合の是非について裁判官の判断理由の根拠となったものは何か

(1)歯科医療界の対合歯削合の概念と裁判官の判断

対合歯削合は、外傷性咬合の典型的な治療方法の一つであって、臨床医学的には、歯冠補綴の際、冠を削って咬合調整しても咬合緊密のため咬み合わせが不具合な場合、その調整に対合歯のエナメル質を削ることは、やむを得ない処置として一般的に行われていることが認められる。
従って、歯冠補綴に際しての対合歯削合を違法な治療行為であるとする患者の主張は採用できない。

もっとも対合歯削合による咬合調整は、あくまでも他に方法がない、やむを得ない場合にとられるべき手法である。即ち、

  1. ジャケットクラウンの作製に瑕疵がないこと
  2. ジャケットクラウンの装着後の咬合調整は、先ずジャケットクラウンの削合によって行うこと
  3. それでもなお不十分でやむを得ない場合に、自然歯である対合歯の削合処置がとられるべきものである。

なお、1.については、事柄の性質上、3.の処置不要というような巧緻性を要求されるものでないことはいうまでもなく、歯科医学上の技術的水準からみて作製し直すべき必要性が認められないことをもって足りると解するのが相当である。

咬合調整の要否及び程度は、証拠から患者の主観・気質によってかなり影響されることが認められるからである。

(注)外傷性咬合については、7.歯科治療の基本三要素に説明していますので、参照して下さい。

(2)転医先の証言

転医後の歯科医院および大阪大学歯学部附属病院のいずれにおいても、患者から苦情を聞いたうえで種々の検査、処置を試みられながら、なお、ジャケットクラウンに対する不良の指摘なく、その取替えなどは考慮外とされていたこと、附属病院では極限に及ぶジャケットクラウンの裏側を削って咬合調整をしたものの、患者の不具合感は除去されず、より以上の咬合調整は対合歯の削合によるほかなかったこと、しかも、それは、被告医師が行った対合歯削合後においてなおそうであったことが認められる。

(3)裁判官の結論

上記1.2.3.の要件具備のもとにされたものというべきこととなり、医師の対合歯削合処置を不法行為ないし債務不履行に当たる行為とはいえない。
したがって、患者の主張は理由がない。

検証2:体のメカニズムを無視した歯科医に都合の良い論理を容認してはならない

歯科学上の対合歯削合の概念として示された上記1.2.3.は、歯科医療界の常識かもしれませんが、体の構造やメカニズムに照らすと世間に通用する論理ではありません。特に3.は絶対に行ってはならない行為です。

裁判官の判断の是非を検証してみましょう。

ジャケットクラウンに瑕疵がなければ、裏側を削ったり、対合歯を削合する事態は生じません。このような事態が生じたことは、ジャケットクラウンに瑕疵があったことを裏付けています。

転医先の大阪大学附属病院からジャケットクラウンに対する不良の指摘がなく、その取替えなど考慮外としていたことを根拠に、裁判官はジャケットクラウンの作製に瑕疵はないと判断したと思いますが、後医の大学病院がさらにジャケットクラウンや対合歯削合を行った事実は、一層ジャケットクラウンが不良品であったことを歴然と証明していることになります。
大学病院のレベルでジャケットクラウンの不良の程度や緊急に取替えなければ顎口腔全体に異常が及ぶ危険性を認識できない事実を看過してはいけません。

裁判官が物事の本質に重点をおいて判断するのではなく、何某がこのように証言した、あるいは何も言っていなかったなどという何ら証明に値しない言葉だけを単純に捉え、それを判断の根拠にすることは、問題の解決にならないばかりか被害の拡大を招く結果になります。

印象の採り方の誤りが歯科医療界全体で誰一人としてわかっていないことが根本にあると同時に、自然歯を削合すると7.歯科治療の基本三要素に示した咬合高径、歯軸方向、咬合圧が変化し、人体の複雑な構造により全身に異常が拡大することも認識されていないため、臨床現場では健全な自然歯の削合が安易に行われています。

「ジャケットクラウンについて、対合歯削合処置不要というような巧緻性を要求されるものでなく、歯科医学上の技術的水準からみて作製し直すべき必要性が認められないことをもって足りると解するのが相当である。」

この判断は論外です。

身体に侵襲を加えると人工の物を使っても可逆させることは不可能なので、ジャケットクラウンの巧緻性は必然です。

さらに裁判官の判断で問題なのは、咬合調整の要否及び程度は、患者の主観・気質によって影響を受けるとしたことです。
咬合調整をするたびに咬み合わせの違和感の変化や襲ってくる不定愁訴を患者は問診で訴えますが、それは顎口腔全体に始まって全身に歪みが生じ、それが様々な症状を発生させます。
医療において患者が訴える症状を真摯に分析考察しないで、あるいはできずに、それを安易に患者の主観や気質に転化する医療従事者の発言を裁判で採用される現状は憂うべき事態といえましょう。

ところで皆さんは、裁判官が示した条件に疑問を感じませんでしたか。
歯科学上の対合歯削合条件の上記1.2.3について、患者が対合歯削合を拒絶した場合、補綴物を取り替えなければ外傷性咬合は解消しません。
裁判官は、患者からの拒絶は認められない、あるいは拒絶したときは、補綴物装着によって生じる外傷性咬合は、医師に責任はなく、患者に責任があると言っていると思いませんか。
このような条件は、常識的に考えて認められるものではありません。

対合歯削合の患者承諾の有無について裁判官の認定プロセス

対合歯削合について、裁判官は次のように述べて患者が黙示の承諾を与えたと認定しました。

  1. 医師は、ジャケットクラウンの裏側を削って調整を図ったのち、それ以上の調整は対合歯の削合によるほかないと判断した。
  2. 患者に対して咬合緊密のためにより以上の調整は、対合の中切歯の削合を要する旨告げたところ、患者は黙って口を開けていたので承諾したものと医師は判断した。
  3. 患者が対合歯削合に反対の意思があったのであれば、直ちにそのことを言葉ないし動作それも単に手による動作だけでも容易に示すことができたのにこれをせず、ただ、黙って医師の対合削合による調整を完了させたことが認められる。
  4. このような事情のもとでは、患者は黙示の承諾を与えたものと推認するのが相当である。
  5. 仮に患者が反対意思をもっていたとしても上記のような事実関係のもとでは、医師は、患者が承諾したものと考えたことに無理はなく、そこに医師の軽率さがあったとして責めありとすることは、当を得ないというべきである。

裁判官は上記のように認定し、「したがって、患者の主張は認められない。」と述べて、患者の主張を全面的に退けました。

検証3:患者承諾の有無について、裁判官の認定は不当な判断である

6.咬合調整の仕方でも書きましたが、医師は咬合調整で自然歯を容赦なく削っているのが実情です。もちろん患者に承諾など求めずに行っています。
この事実は、文献やメディアを通して発言している医師等によっても明らかです。

患者は医師の問いに対して黙って口を開けていたのではなく、医師が何も言わずにいきなり対合歯を削った、これが歯科医療界において当たり前のようにして多くの患者に対して行っていることです。
このようにして健全な自然歯を容赦なく削られた患者は、次第に体調不良に襲われて心身ともに苦しみを負っているのが実情です。

医療は身体に侵襲を及ぼすのですから、医師と患者が言葉を交わし合うことが正道で、医療現場で黙示の承諾というものが許容されて医師の行為を有利にするようなことが許されてはなりません。

医師と患者の供述が対立する場合に、裁判官はいずれかの供述を採用することになりますが、公正、公平、良識をもって判断することが裁判官には課せられていると思います。

検証4:患者の承諾があっても、健全な自然歯削合は許されません

顎口腔全体の構造やメカニズムがわかると、健全な自然歯の削合を断じて許してはならないという考えを皆さんは強くしたと思います。
提訴した患者の経過がそれを示しており、一度でも堅いエナメル質が削られた歯は虫歯になりやすくなったり、適切な咬合圧、歯軸方向、咬合高径などが失われて歯根部にメカニズムを越える圧がかかったりして、根管の先が炎症を起こしたりして繰り返し治療を受けることになります。
このようなことを経験した患者は、自然歯の削合をことのほか嫌うのは当然です。

歯及び顎口腔全体の構造やメカニズムを考えると、健全な自然歯の削合は患者に承諾を求めること自体違法です。
専門的なことが何もわからない患者が仮に承諾しても、自然歯の削合は違法です。

対合歯削合という違法なことを患者に承諾を求め、患者が承諾したから違法行為が許されるという社会であってはなりません。

この判決を専門医はどうとらえているか

この裁判について、日本大学歯学部教授の竹井哲司氏(肩書きは医療過誤判例百選による)は、次のように解説しています。
論点は集約すると二つあると述べています。
その1は、医師の行ったジャケットクラウン装着にあたっての対合歯削合が、正当な医療行為であったか否か。
その2は、削合について患者の承諾があったか否か。

その1についての医師の解説

  1. 歯科医療の現場において、ジャケットクラウンその他の補綴物装着に際し、正常な上下顎の咬合関係を回復するために、対合する自然歯をわずかに削ることは、日常頻繁に行われている治療行為の一部であり、これを行ったことのない歯科医師はいないといっても過言ではない。しかし、むやみに行うべきものでないことはいうまでもない。 判旨に示されている、対合歯削合に関する要件は当を得たものといえる。
  2. 対合歯のエナメル質を削った場合、一定限度を超えなければ生体防御反応の一つとして、当該歯髄腔内に第二象牙質といわれる硬組織がやがて形成され、機能的にほとんど為害作用のないことは良く知られている事実である。
  3. 咬み合わせの高い補綴物をそのまま放置すれば、当該治療歯の動揺をきたし、外傷性歯周疾患、ひいては全体的咬合のバランスの乱れから、顎関節症などを誘発するであろうことも予想される。
  4. 判旨に示された条件を満たしている限り、むしろ積極的に対合歯を削合して、咬合調整を図ることが患者の利益である。

その2についての医師の解説

  1. 治療の対象歯以外の健康な歯を削られることは、患者にしてみれば思ってもみなかったことであり、苦痛と不安を伴うものであろうことは間違いない。
    従って、術前に、その必要性と為害性のないことについて、模型を用いるなどして充分な説明がなされてしかるべきである。
  2. 本件についてみると、必要性については説明がなされているが、その為害性のないことについては医師の認識の中にのみとどまっており、、患者への説明がなされていないように見受けられ、患者の自己決定権を事由に行使させるための説明としては、やや慎重さに欠けていたと思われる。
  3. 患者は判断力のある成人であり、対合歯削合を告げられた時点において拒絶する機会はあったのであり、判旨の示すごとく、無言の承諾を与えたものと考えたこともやむを得ないであろう。

検証5:医師の解説からわかる歯科医療界に蔓延する過誤の実態

咬み合わせに異常があると外傷性歯周疾患や顎関節症を誘発するということを理論上わかっていながら、対合歯を削ると他の上下の自然歯全体の咬み合わせのバランスまでもが崩れていき、外傷性歯周疾患は他の上下の自然歯全体に拡大し、顎関節症の誘発も拡大し、その結果下顎位の偏位は複雑になり、症状が悪化して取り返しのつかない事態に及ぶというところまで思考が達しないのはなぜでしょう。

受診したのもさし歯の具合が悪くなったのを自覚したためで、当初の治療が適切であれば、さし歯に虫歯や根管の先の炎症は生じることはありません。
医師は補綴治療を行う際、咬合圧、歯軸方向、咬合高径の適切な具合など全くわからずに、出来上がった歯型を基にして作製した補綴物を患者に無理に押し付けているために、一度でも補綴治療を受けた歯は、その後不調が生じます。医師から削合されたことのない自然歯はそのようなことは起こりません。適切な咬合圧、歯軸方向、咬合高径は自然歯にしかわからないことなのです。
歯科医療界でそのような認識が欠如しているために対合歯削合は害為性がないと思うのでしょうが、異常は全身に及びます。

自然歯を削ると歯髄腔内に第二象牙質といわれる硬組織がやがて形成されるといっても象牙質は象牙質であって、エナメル質の硬さには遠く及びません。
人生80年という長い期間、一度も削られたことのないエナメル質であっても加齢で磨耗していくといわれているのに、エナメル質を医師によって削られた部分は、自然磨耗の相当長い年数に当たるはずです。それが一瞬のうちに失われるのですから健全な自然歯の削合は取り返しのつかない大損害ということになります。

不適切な補綴物が作製された場合、その再作製は何度繰り返しても人体への損害はありませんが、ひとたび不適切な補綴物が装着されると人体への損害は計り知れないものになります。その認識が歯科医療界全体に欠如しています。

検証6:裁判官判断の問題点のまとめ

この裁判における裁判官判断の全てについて、皆さんの感想はいかがですか。
事実の真偽や医療の本質を恣意的に医師に有利になるように導き、それに矛盾する患者の供述等を信用できないとして、患者の主張の全てを排斥していることがおわかりになったと思います。

繰り返しになりますが、再度確認してみましょう。

  1. カルテ記載と異なる医師の供述を信用して、一部虚構の事実を構築し、これに反する患者の供述部分は信用できない、裁判官が認定した事実を左右する証拠は他にはないとして、カルテ記載の一部分は証拠にならないとしていること。
  2. ジャケットクラウンについて転医先の大阪大学附属病院等から不良の指摘がなく、その取替えなどは考慮外とされていたことを理由にして、ジャケットクラウンに瑕疵がないとしたこと。
    すなわち、不良品の有無の判断理由を具体的に説明しないことが、裁判上ではその専門家に対して有利に働くという理不尽な判断がされていること。
  3. さし歯を除いた全ての上下歯の咬み合わせは正常であるのに、顎口腔全般のメカニズムを乱し、取り返しのつかない損失を与える対合歯削合について、一般には通用しない歯科医療界の論理を認容したこと。
  4. ジャケットクラウンは、対合歯削合処置不要というような巧緻性を要求されるものでなく、歯科医学上の技術的水準からみて作製し直すべき必要性が認められないことをもって足りると解するのが相当であるとしたこと。
    自然歯は一度でも削合されると可逆することはできない。従って不良な補綴物は作り替えが必須で、巧緻性が要求されなければならないのに、それが否定されたこと。
  5. 不良な補綴物や対合歯削合によって上下歯全体の咬み合わせが不安定になって顎口腔周辺に異常が生じ、結果として患者に不定愁訴等の身体的不調が生じますが、これを医師の主張に沿って、咬合調整の要否及び程度の問題を患者の主観や気質に転化していること。
  6. 対合歯削合について、患者が医師に黙示の承諾を与えたとしたこと。
  7. 判決理由の末尾に次のように記載されています。
    「以上みたとおり、原告が前提とする被告の不法行為や債務不履行自体が認められない本件においては、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないこと明らかであるから、これを棄却する。」
    認定事実を覆すものや健全な対合歯削合が与える被害を示す文献等があったかもしれませんが、それらすべてが判断の対象にされず、医師に有利になるものだけを抽出して判決していること。

このように裁判は医療過誤を指摘するのではなく、逆に医療過誤を正当行為として判断したために、歯科医療界全体で自然歯の削合が改められることはなく、容赦なく行われ続けています。
裁判官の判断は、医療過誤を幇助していることになります。裁判官の責任は重いといえましょう。